ヒトは体温調節をするために汗をかきますが、必要以上に汗をかく症状を「多汗症」といいます。
多汗症は入浴によって治療はできませんが、ある程度は発汗を正常化することが可能だと考えられています。
◆温熱性発汗と精神性発汗
ヒトが発汗するのは体温を維持するため。
そのため汗腺は交感神経が支配しています(副交感神経の支配は受けていない)
というのは、例えば激しい運動や戦闘を行ったときは緊張状態にありますから交感神経が優位になっていますよね。
激しい動作を伴いますので体温は上昇します。このまま放っておくとヒトは体温が42℃以上になり機能不全、死に至ります。
そうならないために発汗をして体温を下げるのが温熱性発汗(体温調節性発汗)
というわけで、発汗は交感神経が優位な場合に起きます。
交感神経が優位になると発汗するので、体温の上昇とは関係なく緊張している時も汗をかきます。
この緊張や不安、ストレスで起こる発汗を精神性発汗といいますが、局所性多汗症の多くはこの精神性による発汗の異常が原因だと考えられています。
局所性多汗症というのは、多量に発汗する部位が限られているもので、手のひらに多く発汗がみられるのは「手掌多汗症」、足裏に多く見られれば「足蹠多汗症」、脇に多いのは「腋窩多汗症」と分けて呼んでいます。
まれに全身が多量に発汗する全身性の多汗症もありますが、これらはその裏に更年期障害や甲状腺障害、糖尿病、結核、その他に薬剤の副作用などが原因となっている場合が多いようです。
このような原因がはっきりしている続発性の多汗症であれば、対処法は自ずと決まってきますが、問題は局所性多汗症の場合。
一応は自律神経の失調である可能性が高いものの原因ははっきりしていません。
◆入浴法のアプローチ
入浴法のアプローチとしては
・「汗腺機能を鍛える入浴法」
・「脳への血流を良くする入浴法」
の2通りが考えられます。
自律神経のバランスが乱れているために体温調節機能上手く働いていないとするならば、汗腺機能を鍛えることで改善が期待できます。
汗腺機能を司っているのは視床下部の体温調節中枢です。
外気温の変化は皮膚に存在する温受容器で感受し、その情報は体温調節中枢に伝えられます。
また、体内の深部温の変化は、視床下部にある温度感受性ニューロンで感受し、その情報も体温調節中枢に伝えられます。
体温調節中枢は、この内外から伝わる温度情報を統合して処理され発汗を誘発します。
汗をかくべき時に汗をかく。この当たり前の生理反応が弱いと汗腺機能が衰退し、能動汗腺(働いている汗腺)の数は減少してしまいます。
能動汗腺が減少していると、全身の汗腺で汗をかかないぶん、 体の一部分だけに大量の汗をかいてしまう現象が起きてしまいます。
このような体質の人には汗腺機能を鍛える入浴法が有効です。
しかし、局所性多汗症のようにみえるこの症状は、本当は「能動汗腺衰退症」と呼ばれ多汗症とは違います。
ただ、汗腺機能が低下しているために多汗症だと勘違いしているケースも多いようなので、一度は汗腺機能を鍛える入浴法を試してみる価値はあるでしょう(ちなみに、これはふだん汗をかく習慣のない人、運動不足の人にも有効な入浴法です)
もし汗腺機能に問題がないとすれば別のアプローチが必要で、それが脳への血流改善です。
それでは、「汗腺機能を鍛える入浴法」と「脳への血流を良くする入浴法」をそれぞれ紹介します。
◆「汗腺機能を鍛える入浴法(1)」手足高温浴からの半身浴
多汗症に悩んでいるからといって汗をかかないようにと水分の摂取を控えるとか、制汗スプレーなどで汗を止めたりするのは多汗症にとっては逆効果になると考えられています。
汗腺機能が正常に働いていないのであれば、汗を抑えるのではなく汗腺を鍛えて正常に戻すことが重要。
ということは、汗をかくべき時はしっかりと汗をかいて体温調節機能の役割を果たさせる必要があります。
汗腺機能を鍛える入浴法として知られているのは「手足高温浴」
手足高温浴とは、43~44℃の高温のお湯が腰のあたりまで少なめに張られた浴槽に、両手の肘から先と下半身だけ浸す入浴法です。
パッと見、土下座をしているような姿勢になります。
顔はうつむかないで上げて下さい。
この姿勢が辛い場合は、浴槽用のイスを入れて腰かけながらするのもよいでしょう。
時間にして10~15分間。かなりの発汗量になると思います。
この手足高温浴の目的は3つ。
1)手や足は局所性多汗症に多くみられる発汗部位になるので、ここの汗腺を刺激すること。
2)43~44℃だけに全身から汗が出ますが、これは全身の汗腺を働かせること。
3)かいた汗が蒸発することで気化熱を奪って皮膚温が低下し体温が調節されますが、ここまでが本来の汗腺機能の役目ですからね。そこまでしっかり働かせること。お湯が高温であるにもかかわらず10~15分間ものぼせることなく入っていられるのは、手足以外がお湯に浸かっていないためにかいた汗が蒸発できるから。
ただ単に汗をかいてもダメなんですね。
そして、そのあとに、浴槽にお湯を足し、37~39℃の微温浴で半身浴をします。
これは手足高温浴で優位になっていた交感神経を副交感神経に切り替えるため。
全身浴より半身浴が有効な理由は、やはり汗腺機能を鍛えるため。体温調節としての汗腺機能の役割は「汗が蒸発して気化熱で体温を調節するまで」が1セットですからね。
頭から手、腋を含む上半身からかいた汗が蒸発するまでを実践することで本来の働きを取り戻すことが目的です。
こうして手足高温浴で交感神経を刺激し、半身浴で副交感神経優位に切り替えることで自律神経のバランスも整えられます。
◆「汗腺機能を鍛える入浴法(2)」入浴後のケア
入浴後は体をタオルで軽く拭き(水分を完全に拭こうとしない)、ゆっくりと汗が蒸発して体温が下がるのを待ちます。
暑い時はうちわで扇ぐのも良いでしょう。ただし、冷房を使って一気に体を冷やすと、せっかくの汗腺トレーニングが無駄になってしまいます。
皮膚表面の温度が下がることで一時的には汗はひきますが、体内(脳内)の深部体温は高いままなので再び体温調節中枢が働いて汗が出てきます。
ゆっくりと汗が蒸発して体温が下がるのを待つのは、体温調節中枢が正常な判断ができるようにするためです。
◆「脳への血流を良くする入浴法」
局所性多汗症の発汗は温熱性発汗(体温調節性発汗)よりも精神性発汗であることの方が多いもの。
この精神性発汗が温熱性発汗と生理的に違うのは、視床下部だけでなく大脳辺縁系が関与しているということ。
そして、手足以外から発汗するのが温熱性発汗であるのに対して、手足に発汗が多いのが精神性発汗の特徴です。
精神性発汗に大脳辺縁系が関与しているのは、辺縁系には情動に司る扁桃体が存在するからで、視床下部は辺縁系の影響を受けて作用します。
「情動」とは喜怒哀楽の感情で引き起こされた行動のこと。
体温調節中枢も汗腺機能も自律神経の制御やホルモンの分泌も全て視床下部の役目ですが、その上位である大脳辺縁系で統合された指令が視床下部を制御しています。
つまり、大脳辺縁系は視床下部の上司みたいなもの。
自律神経のバランスは情動によって左右されるのはそのためです。
これでもうお分かりになるかと思いますが、局所性多汗症が精神性発汗の異常によるものだとすれば、いくら汗腺機能を鍛えても効果は期待できず、情動の安定が必須条件になります。
そのためには視床下部や大脳辺縁系に血流と脳脊髄液の循環を改善すること。
入浴法としては「脳への血流を良くする入浴法」が求められます。
脳への血流が悪いとめまいなどの症状が表れますが、実際に多汗症にはめまいを併発することが認められています。
首こりや肩こりがあると脳への血流は悪くなりますので、首や肩にこりがある場合は先にこれを改善しましょう。
『【入浴】 「めまい」の入浴法 ~耳の血流UPとストレス発散~』 参照
『【入浴】 「肩こり」の入浴法 ~炭酸ガス系の入浴剤やアロマで効果的に改善~』 参照
脳脊髄液を増やすには、日常生活においては十分な水分補給と睡眠が不可欠だと言われています。
入浴法としては安眠へと繋がるような入り方をすることが求められます。
『【入浴】 「不眠症」の入浴法 ~就寝の1~2時間前に入浴する~』 参照
また、情動を司る扁桃体にはオキシトシン受容体が多く、オキシトシンはそこに作用して、扁桃体で生じる恐怖や不安を打ち消すという研究報告があります。
オキシトシンとは視床下部で産生される別名「幸せホルモン」とか「愛情ホルモン」と呼ばれる神経伝達物質のひとつです。
そこで、このオキシトシンが増えるような入浴法が望まれますが、浴槽に好きなアロマ精油を数滴垂らすと効果があると考えられています。
好きな人と一緒にお風呂に入るのもいいらしいですよ。要はスキンシップですね。
あとは、入浴中にストレッチやリンパマッサージを行うとさらに効果が期待できるようです。
オキシトシンが十分に分泌されると、心理的・精神的ストレスを緩和し、身も心も満たされたような気分になるので大脳辺縁系の状態が安定し、それが多汗症にも良い影響を与えるのではないかと推測されます。