俗にいう「免疫力のバランス」の正体はリンパ球、とりわけヘルパーT細胞の働きによる結果だということが分かっています。
ひとつここで、一旦T細胞の話から離れ、「体液性免疫」と「細胞性免疫」の存在について触れます。
「体液性免疫」と「細胞性免疫」
どちらも抗原(異物)が体内に侵入したことによって成立する獲得免疫(適応免疫)で、自然免疫(好中球やマクロファージなど)で処理しきれなかった異物に対処する免疫システムです。
司令を出すのはやはりT細胞で、ここに集まった抗原の情報を元に、その抗原に対応する抗体の設計図を作ってB細胞に作らせます。
抗体の役割は大きく2つありまして
1.中和抗体・・・細菌などが出す毒素を中和して無力化する
2.オプソニン化・・・好中球など貪食細胞の食欲能をUPさせる
『【健康】 「免疫力のバランス」とはどういう意味?② 「顆粒球」と「リンパ球」のバランス説』 参照
抗体が細菌と結合すると、細菌は不活化され、しかも序盤ではこの細菌には歯が立たなかった好中球も今度はオプソニン化によって食べやすくなり、殺菌してしまい一件落着となります。
しかも、この時に作られた設計図は残りますので、次回から同じ抗原が侵入した時は素早く対応できますから、同じ病気にはかかりにくくなるという特徴があります。これが本当の意味での免疫です。
この抗体を介した一連の流れを体液性免疫といいます。
一方、血液や体液の中を流れている細菌などとは違い、一度感染してしまった細胞や癌化してしまった細胞には抗体が結合することができません。自分の細胞ですからね。
こんな場合は細胞障害性T細胞やNK細胞と呼ばれるリンパ球が、その異常細胞を破壊します。
抗体が使えないので「えーい、直接攻撃しちゃえ!」というわけですね。
ちなみに細胞障害性T細胞はヘルパーT細胞から指名手配書を受け取り、犯人が立て籠もっている細胞を見つけこれを叩きます。また、NK細胞はT細胞の指示を仰ぐことなく自分で捜します。指名手配書がないので特定の犯人を捜すというより見知らぬ者が立て籠もっている細胞は全て叩きます。つまり正常な自己細胞ではないと思えば全て攻撃の対象にしてしまうというのがNK細胞。
なのでNK細胞のやり方は効率は悪いですが、細胞障害性T細胞は指名手配書を受け取るまで時間を要しますので、それまではNK細胞がパトロールして頑張ってくれています。
仮にNK細胞が犯人を見落としても、その後に指名手配書を持っている細胞障害性T細胞がこれを見つけ叩き一件落着となります。
しかも細胞障害性T細胞が受け取った指名手配書は残りますので、次回から同じ感染した細胞には素早く対応できますから、同じ病気にはかかりにくくなるという特徴があります。
この、抗体を介さずに感染した細胞などを直接排除する流れを細胞性免疫といいます。
このように細菌など細胞外で悪さをする異物には「体液性免疫」、ウイルスなど細胞内で悪さをする異物には「細胞性免疫」が防御にあたります。
とはいっても、結核菌のように細菌でも細胞内に入るものには細胞性免疫が対応しますし、ウイルスだって細胞内に入り込む前は体液性免疫が対応することになるので一概に決めつけられるわけではありませんが、大まかにいえば
・細胞外の異物には体液性免疫が担当
・細胞内の異物には細胞性免疫が担当
となります。
細胞性免疫の主役は「細胞障害性T細胞」です。
ここで思い出して欲しいのですが、細胞障害性T細胞を活性化させるのはTh1でしたよね。
ですからウイルスにはTh1の働きが重要になってきます。
『【健康】 「免疫力のバランス」とはどういう意味?③「Th1」と「Th2」のバランス説(前編)』 参照
では体液性免疫の主役は?といいますと、これはちょっとややこしいかな?
「抗体」だとも言えますし、抗体を作るB細胞だとも言えます。また抗体によってオプソニン化された異物を食べて実際に殺菌してくれるマクロファージや好中球などの貪食細胞こそが主役だとも考えられます。
いずれにしても、体液性免疫の主役たちを活性化させるのもやはりヘルパーT細胞ですが、かつてはTh2のことだと考えられていたようです。
これまでの常識との違い
Th1とTh2はお互いに抑制し合うので対極にある関係のようですが、実は共通する役割もあります。
それはTh1が出すサイトカインとTh2が出すサイトカインの正常なバランスによってB細胞から抗体が作られるということ。
つまり抗体は、Th1とTh2の共同作業によって作られる・・・というわけです。
かつては抗体はTh2によって作られるという考え方が主流でした。
いや、今でもそう考えているところは多いでしょう。
でも実際はTh1とTh2の両方によって抗体は作られます。
ではなぜTh2が過剰に働くとアレルギー疾患を起こすのか?
Th1とTh2が出すサイトカインのバランスによって作られる抗体は、抗体は抗体でも「IgG」という抗体です。
IgGは細菌に結合して無力化させオプソニン化する抗体で、これこそが体液性免疫に必要な抗体なんですが。
Th2系のサイトカインだけでも抗体はできますが、その場合はIgGではなく「IgE」という抗体ができてしまい、このIgEこそがアレルギーの原因となる抗体というわけです。
IgEはダニやほこり、花粉などのアレルギー物質に結合します。
一応IgEも抗体ですし、ダニなどは細胞外の異物なので体液性免疫として働くのは当然のことではありますが、「Th1<Th2」に偏り過ぎると過剰に反応してしまいアレルギー疾患を起こしてしまうというわけです。
ということで。
Th1とTh2はお互いに抑制し合うサイトカインを産生しているのであれば、
「Th1<Th2」であるアレルギー患者にTh1系サイトカインを投与することで、
Th1系とTh2系のサイトカインのバランスがとれて症状が抑えられるのではないか?という仮説が成り立ちますよね?
実は、実際にこの治療法は提唱されているんです。
でもまだ成功はみていない。
これまで「免疫力のバランス」の有力説だった「Th1/Th2バランス説」の説明がつきません。
Th1とTh2のバランスを取るだけでは免疫力のバランスは取れないとも言えるわけで、
それだけヘルパーT細胞は複雑だということになります。
また、前回の疑問だった「花粉症の人はがんにかかりにくい」という調査報告はどう説明するのか。
『【健康】 「免疫力のバランス」とはどういう意味?④「Th1」と「Th2」のバランス説(後編)』 参照
花粉症の人は「Th1<Th2」ですよね。
Th2が過剰に働いているぶん、Th1の働きは弱いはず。
しかし、がん細胞を排除しようとするのは細胞性免疫の担当。
がんにかかりにくいということはTh1もしっかり働いていることになりますから、ここにひとつの矛盾が生じますよね。
ここで「どうもヘルパーT細胞にはTh1でもTh2でもない、別のT細胞が存在するのではないか?」
と疑問を感じた人は鋭い。
実はそうなんです。
(SHIBA)
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