わりと最近まで、ヘルパーT細胞には「Th1」と「Th2」とがあり、この2つのThによってバランスを保っていると考えられていました。
ところがこの「Th1/Th2バランス説」だけでは説明できないことが出てきて、その後Th1、Th2細胞に続く第3番目のヘルパーT細胞が発見されました。今回はその話・・・
Th17細胞の発見
Th1もTh2も、元々は同じ「ナイーブT細胞(Th0)」と呼ばれる、まあTh1やTh2の前駆体となるT細胞で、
何らかの抗原提示を受けることでTh1やTh2へ分化します。
「抗原提示を受ける」とは、体内に何らかの病原体が侵入してきた時に、最前線で活躍している樹状細胞ら抗原提示細胞たちがこの病原体の情報(これを「抗原」という)をナイーブT細胞の元へ持ち帰り提示します。
抗原(病原体の情報)を受け取ったナイーブT細胞は、その内容に応じて姿を変えるわけですが、かつてはそれがTh1とTh2と呼ばれる2つのサブセットからなることが知られていました(分化したヘルパーT細胞のことをサブセットという)
抗原によって細胞性免疫が必要な場合はTh1に、体液性免疫が必要な場合はTh2に分化します。
そして長らく「Th1/Th2バランス」ですべての抗原に対応しているという解釈が常識となっていました。
転機が訪れたのは2005年。
動物実験で、関節リウマチに似た自己免疫性の関節炎を発症しているマウスにTh1系のサイトカインを欠損させても変化がみられないことが分かり(むしろ増悪)、かつこれらの症状を抑制するのは「IL-17(インターロイキン17)」と呼ばれるサイトカインを欠損させた場合であることが見出されました。
それまでは、関節リウマチや多発性硬化症といった自己免疫疾患を発症しているマウスでは、「IL-12」や「IFN-γ」といったTh1系のサイトカインの亢進が認められていたので、自己免疫疾患というものはTh1が関与しているものと考えられていました。
しかしこの実験で、これらの症状を引き起こす原因はIL-17であることが分かり、そのIL-17を産生するのはTh1やTh2とは異なるT細胞であることが発覚。
かくして、このT細胞は「Th17細胞」と名付けられました。
Th1、Th2ときて「Th3」と名付けられるかと思いきや「Th17」・・・これはIL-17にちなんで名付けられたとのこと。
自己免疫疾患に関与していると言われると、なんだかTh17は悪者みたいな存在に思われるかもしれませんがまあ聞いてやって下さい。
Th17が産生するIL-17は、線維芽細胞や上皮細胞、血管内皮細胞などに作用して、炎症性サイトカインやケモカインを産生させ、好中球の遊走を促進することが分かっています。
ケモカインとは信号みたいなもの。「ここの侵入者(病原体)がいるよー!!」と叫んで好中球を呼び寄せる役割があります。
「好中球の遊走」とは、好中球は通常は血管内をパトロールしているのですが、どこかの繊維芽細胞や上皮細胞などからケモカインで呼び出されると最寄りの血管へ集まり、血管から飛び出して現場へ駆けつけることを言います。
好中球は病原体を食べて分解する能力がありますので、Th17は結果的に好中球の働きを促進させ、生体防御に大きな役割を果たしているといえるわけですね。
ただ、好中球は病原菌を食べる際に、細胞をサビ付かせて破壊する活性酸素を武器にして分解しているのですが、活性酸素はとても強力で、時に正常細胞をも傷つけてしまいます。
問題なのは、この状態が続くと炎症を引き起こしてしまうこと。
Th17が過剰に働くと炎症性の自己免疫疾患の原因になるのはそのためです。
Th17が関与していると考えられる主な自己免疫疾患には、関節リウマチの他に多発性硬化症、炎症性腸疾患(クローン病・潰瘍性大腸炎)が該当します。
炎症性による疾患だということで、自己免疫疾患だけではなく動脈硬化やアルツハイマーとTh17との関連性も研究されているようです。
「Th17」は免疫のアクセル
ここでTh17のTh1・Th2との違いを見てみよう。面白いことが分かりますよ。
何度も言いますが、Th1・Th2は自然免疫では対処しきれなかった抗原(異物)に対し特異的な反応を示します(全ての抗原に反応するわけではない)
Th1とTh2のどちらが活性化されるかは抗原によって決まりますが、リンパ球には数に限りがあるので一方が活性化されるともう一方は抑制されるという特徴があります。
つまりTh1とTh2の両方が活性化されるということはない。だから「Th1/Th2」は、免疫の方向性を決めるいわばハンドルのような役割があると言えます。
これに対し、Th17は抗原に対し特異的に反応するわけではありません。
Th17は貪食細胞である好中球を活性化させる働きがあります。好中球は異物とみなすものは全て排除しようとするので、Th17は非特異的な反応をするリンパ球だと言うことができます。
また、Th1とTh2の共通作業として、両者によるサイトカインのバランスによって抗体が作られますが、
その抗体が抗原と結合するとオプソニン化といって好中球がこの抗原を貪食しやすい状態になります。
ただし、オプソニン化で食べやすくなるといっても、勝手に好中球が現場へ集まってくるわけではありません。
そこでTh17ですよ。
Th17の働きにより、現場に存在する線維芽細胞や上皮細胞、血管内皮細胞などから好中球を呼び寄せるケモカインが産生されます。
そうしてはじめて抗原が好中球により貪食され分解されるんですね。しかもオプソニン化された抗原は退治しやすい。
こうしてみると、Th17は「Th1/Th2」の働きをさらに進める、いわば免疫のアクセルのような役割があると言えます。
「Th17」と「Treg」
Th17が免疫のアクセルだというのなら、ブレーキもあるのか?と思いたくもなりますが、それがあるんです。ブレーキが。
それは「制御性T細胞(Treg)」というT細胞。
このTregもまたナイーブT細胞から分化するサブセットのひとつ。
他のサブセットであるTh1・Th2・T17らと大きく違うのは、免疫応答を促進するものではなく、免疫応答の抑制的制御(免疫寛容)を司るT細胞だということです。
免疫寛容というのは、例えば過剰な免疫反応によるアレルギーや炎症性の疾患や、自己と非自己を間違えるような異常な免疫反応による自己免疫疾患を抑制する機能のこと。
つまりTregには、免疫のブレーキのような役割があると言えます。
Th17がアクセルならTregはブレーキですよ。
面白いのはTh17との関係。
Th17とTregは真逆の役割でありながら表裏一体のような関係であるということ。
というのは、Th17への分化には「TGF-β」および「IL-6」という2つのサイトカインの刺激により誘導されますが、「TGF-β」単独の刺激ではTregへと分化してしまうという性質があるからです。
どちらもTGF-βが関与していることから、Th17とTregは本質的には同じものかもしれないということで注目を集めているようです。
IL-6がTh17とTregの分化バランスを調節していると考えられています。
と、まあこう書くとTregはなんだかとても素敵なT細胞であるかのように思えますが、
大事なのはやはりバランスで、Tregが優勢になり過ぎるとTh17は抑制され、感染にかかりやすくなったりがん細胞の増殖を抑えられなくなります。
ということで、
「Th1/Th2」 はハンドル
「Th17/Treg」 はアクセルとブレーキ
と、こう考えると「Th1/Th2バランス説」だけでは説明ができなかったのも納得です。
右と左、同時にハンドルを切れないのと同様に、
アクセルとブレーキは同時には踏み込めない。
免疫システムって上手にできてますね。
(SHIBA)
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