• イベント情報
  • メールフォーム

認知症JR事故訴訟問題で争点となった監督責任について

どうもSHIBAです。
 
認知症の男性が列車にはねられ、鉄道会社に損害を与えたということで、認知症の妻と長男に「監督責任がある」として賠償責任が請求されていた件。
今後の認知症に対する介護のあり方に影響を与えるかもしれないということで世間の注目を集めていましたが、このたび最高裁は鉄道会社側の請求を棄却しました。

8aeffd4ccc9a8f226ddf9a36946591c9_s.jpg
 
で、
 
この 「監督責任」とは何ぞや?ということですが、
これは民法の第714条でいうところの
 
「 責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定 の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」
 
に記された「賠償する責任」のこと。
 
つまり「監督責任=賠償責任」という扱いになっているようです。
 
事故を起こしたのは認知症の男性ですが、この男性は責任無能力者に該当するので代わりに監督責任者が損害の賠償を負うというのが法的な解釈です。
 
そこで、この裁判で争点となっていたのは、賠償を請求された妻と長男は「監督責任者」に該当するのかどうか。また監督責任があったとしてその責任を果たせていたのかどうか。

 

 
ということだったんです、ポイントは。
 
「子どもが犯した責任は親権のある親にある。それが監督責任」というのと似ています。
 
昨年の今頃にも同じような問題がありましたよね。子どもが蹴ったボールが老人に当たって転倒事故を招いて、それが原因で死亡に繋がったとして裁判になった事案が。
 
この時も「子どもの両親に対する監督責任について民法の714条をどう適用するか」が争点になっていました。
 
 
しかし、今回の件は子どもではなくて認知症ですからね。
教育やしつけで管理できる問題ではありません。
 
認知症の人を教育できるわけではありませんので、100%管理するのは無理があります。
 
今回の最高裁の判断は、そうした事情を汲んでの「家族というだけで監督責任には当たらない」という判決になったのかな?
 
では誰に監督責任があるのか?
という問題が残ってしまいます。
 
今回は原告が鉄道会社だったからいいけど、仮に被害を被ったのが個人で、しかも死亡させてしまった場合はどうなるんでしょう。
加害者が認知症だからといって賠償する必要が無いで済まされては腑に落ちません。
そのような場合でも被害者は救済されるべきです。
 
そこで思うんですが、監督責任と賠償責任を分けて考えてはどうでしょうか。
 
例えばある会社の現場を任されている主任には監督責任はありますが、何か問題を起こした場合の結果責任はその上司である管理職の人が負うことってよくありますよね。
管理職である上司から「責任は俺が取るからお前は心配せずに全力で取り組んでくれ」と任務を託された主任にとってみれば心強いことでしょう。
 
認知症の介護もそうあるべきだと思うんです。
 
でなければこれから在宅介護をする者にとって、とても窮屈な時代になってしまいます。
 
監督責任は介護をしている当事者にある。
何があろうと介護者にある。
 
では賠償責任(結果責任)は誰にあるか?といえば、
これは社会が負うべきではないでしょうか。
 
今回のような件があった場合には社会が保障する政策の存在が必要なのではないかと思うのです。
 
つまり加害者側も被害者側も救済されるシステムです。
 
これは子育て支援や高齢者介護、障がい者介護にも当てはまる問題です。
これからの少子高齢化社会。今後同じような問題はますます増えるはずです。
社会全体でフォローする時代になって欲しいと考えます。
 
(SHIBA)